小林直剛

最近“わからないもの”にすごく興味があります。もっと言うと“わからないもの”に可能性を感じるんです。わたしたちは何でもかんでも“わかりたい”、言い直すと論理的に、体系的に把握したいと思っています。そうやって、世の中のあらゆる事象を自分たちの方にたぐり寄せようとする。自分の陣地で戦った方が有利に立てるわけですし、理由が“わかっている”方が安心できる。当然です。 しかし、です。そうやって何でも“わかっている”という状態に持ち込んでいくと、新たな問題が発生します。今度は、(すでに)知ってしまったこと、つまり、取り込んでしまったことが面白くないのです。説明できるものはつまらない。わがままな話です(笑)。